松江めぐり

古代

松江市南郊の大庭・山代・大草地域には多くの古墳群があります。山代 二子塚 ふたごづか 古墳 (94m) は出雲地方最大の前方後方墳です。風土記の丘の岡田山一号墳からは、「額田部臣」銘文 ぬかたべのおみめいぶん 入りの大刀 (重要文化財) が出土しています。矢田町の 平所 ひらどころ 遺跡から出土した 埴輪 はにわ の「見返 みかえ りの鹿」(重要文化財) は、写実的で洗練された造形美を見せています。

奈良時代には大草町の 六所 ろくしょ 神社周辺に国庁が置かれ、中央政府から派遣された国司が出雲国 9 郡 (平安時代には 10 郡) を治めました。出雲国司として赴任した 門部王 かどべのおおきみ の歌が『万葉集』巻三に、「出雲守門部王、京を思ふ歌」として「飫海 おうのうみ の河原の千鳥 が鳴けば吾が佐保河の思ほゆらくに」が載っています。飫海は現在の中海、佐保河は奈良の都を流れる川のことです。出雲国庁にあって遠く奈良の都をしのぶ望郷の歌です。東出雲町の 阿太加夜 あだかや 神社境内に歌碑が建っています。
 

733(天平 5) 年に成立した『出雲国風土記』は、唯一の完本風土記として、残されています。出雲国庁跡や竹矢町の出雲国分寺跡の遺構は復元され、往時の面影を偲ぶことができます。また、古墳や国庁・国分寺の出土品は、県立八雲立つ風土記の丘展示学習館で見ることができます。

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