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【神社】

 ≪大内神社 (おおうちじんじゃ)≫

大内神社

 大内(おおうち)神社は、揖屋町西揖屋地内の旧国道沿いにある小さな社です。今から460年近く前、中国地方の一大勢力であった大内義隆が尼子氏攻めに失敗、退却の折、大内義隆が嗣子の若大将「大内晴持」は不運にも揖屋灘にて溺れ死んでしまいました。
 「大内晴持」を秘かに葬り、大内神社に社を建て晴持を祭神として大内権現と名付けました。

○大内神社詳細

 天文12年5月7日の尼子氏攻め失敗の折に死んだ「大内晴持」を哀れんで、揖屋の網元八斗屋惣右衛門は尼子の領地内であったにもかかわらず秘かに葬り回向してやりました。当初は晴持の霊魂が通行する武士などを悩ませたので、惣右衛門は自分の地所であった現在の社地に社を建て、晴持を祭神として大内権現と名付けました。これが通称「権現さん」の由来です。
 明治時代に大内神社に改められましたが地元の人は今でも「権現さん」と呼んで親しんでいます。
 大内晴持は京都の公郷一条大納言の次男で、3歳のとき大内義隆の養子となります。文武に優れた美青年でしたがわずか20年の生涯でした。

 


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