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八雲塗 (やくもぬり)

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 松江の名産品として、全国的に知られる八雲塗の創始者は、天保14年(1843)松江の西茶町で、代々藩お抱えの駕籠(かご)塗職人の家に生まれた、坂田平一である。平一がその職を継いだのち、明治となり失職してしまった。

 彼は人力車の塗装や直し物はどで暮らしをたてていたが、ある日、古道具屋から中国製の存星塗(ぞんせいぬり)の盆を見せられ、その雅味ある手法に魅せられ、これをまねて盆を作った。平一の試作品がみごとな出来であったため、唐物(からもの)(中国産の漆器)として売り出された。明治10年(1877)から19年ごろのことである。

 その後平一も独自の工夫を重ね、すぐれた作品を制作するようになり、これが時の島根県知事籠手田(こてだ)安定の目にとまり、知事や友人の勧めで「八雲塗」の名をつけて販売されるようになった。

 平一の塗手法は、布着せ本堅地で、錆研ぎの上へ中塗せずに削り墨を引き、すぐに絵付けをする。それに錫粉で模様を描き、中へ朱、黄、茶、緑などを固練りで塗り、乾いたところへまた塗り、さらに乾燥した黒目漆を薄く塗り軽く炭研ぎをし、つぎに油分のない朱分漆を塗って、胴擦り仕上げをするというものであった。平一考案の八雲塗はたちまち評判となり、模倣者が続出し生産は増していった。そして同業組合の設立や八雲塗研究所などが設置された。昭和初期に職工は50名余を数えた。現在は、八雲塗も商品的なものと、創作的なものとの二流があるといわれている。

 アルバム、茶器、盆、銘々皿、椀、硯箱などがつくられ、みやげものとして親しまれている。

 昭和57年(1982)3月島根県ふるさと伝統工芸品に指定。

「島根観光辞典(島根県観光連盟発刊)より引用」
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