松江城を国宝にする市民の会
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松江城を国宝にする市民の会

(一般社団法人松江観光協会内)

〒690-0874
島根県松江市中原町19

TEL. 0852-27-5843
FAX. 0852-26-6869

松江城天守の特色とその価値 

国宝 松江城天守

 松江城は平山城で、天守がある本丸の周辺に二ノ丸上ノ段、二ノ丸下ノ段、後郭がめぐり、南には堀を挟んで三ノ丸がある。
 城全体の構えは東側を正面とするが、天守自体は南向きとなっている。天守は、彦根城・犬山城と同じように附櫓を設けた複合式望楼型で、一、二重目は大入母屋屋根で全面下見板張り、望楼部と附櫓も一部白漆喰であるが窓廻りの木部はすべて黒塗りで、黒を基調とした天守である。
 全国に現存する12天守の一つで、天守の平面規模では2番目、高さでは3番目、古さでは5番目である(国宝・重要文化財建造物目録/文化庁編)。昭和10年に国宝に指定され、昭和25年には文化財保護法の制定により重要文化財と改称されたが、平成27年7月8日、国宝に再指定された。
 明治の初め、全国の城はほとんど取り壊されたが、松江城天守は地元の豪農勝部本右衛門、旧松江藩士高城権八ら有志の奔走によって山陰で唯一保存され、松江のシンボルとして親しまれている。

築城年 慶長16年(1611年)
築城主 堀尾 忠晴
構造 複合式望楼型 四重五階天守、地下一階付
1階床面積 447.23m2
高さ 約30m(天守高22.43m+石垣高平均値7.57m)

→詳細は「松江城ホームページ」をご覧ください

国宝附(つけたり)指定 3件

祈祷札(きとうふだ) 2枚

平成24年5月に発見された2枚の祈祷札からは、「慶長拾六年正月吉祥日」などの文字が確認され、慶長16年(1611)とされていた松江城の築城時期が、慶長16年正月以前であることが確実となった。2枚の祈祷札は、地階の2本の通し柱に打ち付けられていたことが、調査の結果明らかとなった。松江城天守は、築城当時の史料によって完成時期を確認できる数少ない現存天守のひとつである。(松江歴史館に収蔵)

祈祷札 祈祷札 

鎮宅祈祷札(ちんたくきとうふだ)4枚

昭和の解体修理工事(昭和25年〜30年)で天守内の柱や梁から発見された4枚の鎮宅祈祷札で、梵字の願文が記されている。打ち付けられていた方位等とあわせ、真言密教の鎮宅の修法を極めて厳密に行ったことを示すもので、他の2件とともに、築城に際し三態、三様の祈祷が行われたことを示す貴重な資料である。(松江歴史館に収蔵)

鎮宅祈祷札  

※右上/下「不動鎮宅真言」※左上「加護所住処真言」※左下「八字文殊真言」

鎮物(しずめもの)3点

 昭和の解体修理工事(昭和25年〜30年)の際に天守地階の南西隅(裏鬼門)の大根太受け礎石の下から発見された鎮物一式である。築城に際して地祭りの鎮物で、発見された祈祷関係の資料の中で最も初期のものであり、他の2件とともに、築城に際し三態、三様の祈祷が行われていたことを示す貴重な史料である。(松江歴史館に収蔵)

※左「槍」 ※右「祈祷札」 ※下「玉石」

鎮物槍     鎮物木札           玉石   

地階と祈祷札の打ち付け場所

模擬札を使って打ち付け位置を再現した様子。(丸で囲われた部分)    地階は籠城用生活物資の貯蔵倉庫であり、穴蔵の間(あなぐらのま)と呼ばれ、塩などが備蓄されていた。
中央には深さ約24mの井戸があり、常時飲料水が得られた。

祈祷札打ち付け場所

松江城天守の構造上の特色

2階分を貫く通し柱を効果的に配置するとともに、上層の重さを分散させながら下層に伝える構造となっている。長大な柱を用いることなく、上層になるほど平面が縮小する天守という独特な構造の建築を可能にしたものである。

城内断面図

(西和夫氏作成:色付けされた柱が各2階分を貫く通し柱)

「富」の文字が入った分銅紋の刻印のある部材

昭和の解体修理工事(昭和25年〜30年)で取り外され、天守地階に保存してある部材の木口に、松江藩初代藩主堀尾家の家紋・分銅紋に「富」の文字が入った刻印があることが確認された。
松江城築城には、広瀬の月山富田城(がっさんとだじょう)の部材を一部転用したとの伝承があることから、この刻印はそれを裏付ける貴重な資料のひとつと考えられている。(地階に展示中)

富の刻印
 

石落とし・狭間

天守に近づく敵に石を落して攻撃するための石落としや、鉄砲で攻撃するための鉄砲狭間がある。いずれも外部からは発見しにくい構造になっている。


狭間石落とし
 

包板(つつみいた)

天守を支える柱には、一面だけ、あるいは二面、三面、四面に板を張って、鎹(かすがい)や鉄輪(かなわ)で留められているものがある。これは「包板(つつみいた)」と呼ばれ、天守にある総数308本の柱のうち130本に施してあり、割れ隠しなど不良材の体裁を整えるためのものと考えられている。

包板(つつみいた)

附櫓(つけやぐら)

天守入口の防備をかたくするためにとり付けた櫓で、入口に鉄延板張りの大戸があり、入ると桝形の小広場が二段あって、侵入しにくいようになっている。

附櫓

櫓3棟復元

かつて二乃丸上ノ段には、御門・東の櫓・太鼓櫓・中櫓・南櫓・御月見櫓があった。このうち、太鼓を打って時刻を知らせる太鼓櫓と御具足蔵と呼ばれた中櫓、南東方向を監視するための2階建ての南櫓の3棟の櫓は、平成13年に約125年ぶり(明治8年取壊し)に復元された。

復元楼
 
 
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